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もしも、人間の体がそよ風に飛ばされるくらい軽かったら


もしも、人間の体がそよ風に飛ばされるくらい軽かったら。

朝、玄関を開ける。外から風が入ってくる。それだけで体が少し浮き、足が床から離れそうになる。

風が強くなれば、そのまま体が持ち上げられてしまう。

この世界では、外へ出るという行動そのものが、今とは違ったものになる。

玄関を出る前に風を見る

朝、学校へ行く前に確認するのは、気温や雨だけではない。風の強さも重要だ。

風が弱ければ普通に出かけられる。少し強ければ、腰につけたベルトを家の固定具につないでから外へ出る。玄関を離れたら、道路に設置された手すりをつかみながら移動する。

手すりは今でも駅や階段にあるが、この世界では設置される場所がずっと多い。家から道路までの短い通路にもあり、商店街にも続いている。

転ばないためではなく、体が風に持っていかれないようにするためだ。

傘より服が大事になる

雨の日は、傘も使いにくい。

傘を開けば、風を受ける面が大きくなる。人間の体が極端に軽ければ、傘を持ったまま風に押されてしまう。

そのため、雨の日は傘よりも体に密着した雨具が使われる。服のすそや靴には重りが入り、風を受けにくい形になっている。

雨を防ぐだけなら、今のレインコートでも十分かもしれない。でも、この世界の服にはもう一つ役割がある。

人間を地面につなぎとめておくことだ。

冬のコートも同じで、暖かさだけでなく、風を受けたときの安定性が重視される。服を選ぶ基準に「飛ばされにくさ」が加わる。

学校では窓を簡単に開けられない

学校にも専用の設備が増える。

校庭の周囲には高い柵があり、その内側にさらにネットが張られている。風の強い日は外で体育をせず、体育館を使う。

体育館も、普通の建物とは少し違う。出入り口は二重になっていて、外側の扉を閉めてから内側の扉を開ける。強い風が一気に中へ入らないようにするためだ。

教室の窓も、休み時間だからといって大きく開けられない。窓には風の強さを測る装置があり、一定以上になると開かない仕組みになっている。

生徒たちは、体育の授業で体を動かすだけでなく、風の中で安全に動く方法も覚える。手すりから手を離すタイミングや、風向きが変わったときの姿勢などが、普通の生活技術になる。

通学路に屋根と手すりが増える

駅まで歩くのも簡単ではない。

道路を歩いている途中で横風が吹けば、体が横へ流される。そこで通学路には手すりが連続して設置される。

駅前の広い道路には、風を弱めるための屋根や壁も作られる。建物と建物の間を歩くときに風が集中しないよう、街の形そのものが工夫される。

駅のホームでは、ホームドアだけでは足りない。電車が通過するときには大量の空気が動くため、風よけの壁も必要になる。

電車に乗ってしまえば、座席や手すりにつかまっていられるので比較的安全だ。

ただし、駅から外へ出た瞬間には、また風との戦いが始まる。

自転車よりレールの乗り物が増える

自転車にも問題がある。

人間の体だけが軽く、自転車は今と同じ重さだとする。風が吹いたとき、自転車そのものは簡単には飛ばされない。しかし、乗っている人の体が横へ流されれば、ハンドルを取られたり、バランスを崩したりする。

そのため、自転車には体を固定する装置がつく。強い風の日には、自転車そのものが使われなくなる。

代わりに増えるのが、地面の上をレールに沿って走る小さな乗り物だ。

座席に座れば体を固定でき、横風を受けても進む方向が変わりにくい。駅から学校まで、駅から商店街までといった短い区間を結ぶ。

今なら歩いて十分な距離でも、風が強ければ乗り物を使う。

街の交通は、距離よりも風の強さを基準に選ばれるようになる。

家具は動かさないことが前提になる

家の中でも、人間の軽さは影響する。

窓を開ければ風が入る。扇風機を強くすれば、体が少しずつ押される。エアコンの風が直接当たる場所では、椅子に座っていても体がずれる。

家具は床に固定されるようになる。

ベッドやソファだけでなく、机や椅子にも固定具がつく。廊下や階段には手すりがあり、窓の近くには体をつなぐための器具が用意される。

模様替えをするときは、家具を動かす前に固定具を外す。

家具を軽くして持ち運びやすくするのではなく、人間が動かないように家具を重くしておく。

家の中では「動かせること」より「動かないこと」のほうが便利になる。

荷物は重いほうが持ちやすい

人間が軽いと、持ち物の考え方も変わる。

普通なら軽いバッグほど便利だが、この世界では軽すぎるバッグは風で動きやすい。肩から外れて飛んでいくこともある。

通学かばんには重りが入れられ、バッグ自体も体に密着する形になる。

買い物袋にも底の部分に重りが入る。商品が少ないときには、袋が軽くなりすぎないように追加の重りを入れることさえある。

「荷物を軽くして持ち運びやすくする」という考え方が、今とは逆になる。

持ちやすい重さにするため、あえて重くする。

仕事では地面につながって働く

屋外の仕事は大きく変わる。

建設現場では、作業員が必ず体を固定して作業する。特に高い場所では、足場だけでなく、腰のベルトや手すりを使って何重にも体を支える。

農業でも、畑の中を自由に歩き回るのは難しい。作業する場所ごとに足場を作り、そこから手を伸ばして作業する方法が増える。

宅配の仕事では、荷物を持って歩く距離が短くなる。

配達車を家の近くまで寄せ、車から玄関までの短い距離だけを移動する。配達員の腰には固定用のベルトがあり、強い風の日は建物に設置されたフックにつないでから荷物を運ぶ。

屋外で働く人ほど、風の情報を細かく確認するようになる。

天気予報に「雨の確率」だけでなく、「人が安全に歩ける時間帯」が表示されるようになる。

スポーツでは重りが欠かせない

スポーツにも重りが登場する。

サッカーやラグビーでは、選手が風に流されれば競技にならない。靴やユニフォームに重りを入れ、足元を安定させる。

陸上競技では、走るだけでも風の影響を受ける。競技場の周囲には高い壁が作られ、できるだけ横風が入らないようにする。

一方で、風を利用する競技も生まれる。

体を固定した状態から風を受けて浮き上がり、決められた範囲を移動する。風の向きを読み、どの高さまで上がるかを調整する。

今のスポーツでは「地面を速く走る」ことが中心だった競技に、風を読む技術が加わる。

街は風を弱める形になる

街そのものも変わっていく。

駅から学校までの道には屋根がつき、商店街も大きな屋根で覆われる。公園には風よけの壁があり、広場には人がつかまれる手すりが並ぶ。

高いビルの屋上も、今のように自由に歩ける場所ではなくなる。

屋上へ出る扉の近くに固定具があり、風が強い日は立ち入り禁止になる。ビルとビルの間も、風が集中する場所には壁が設置される。

建物を建てるときには、日当たりや土地の広さだけでなく、人が安全に歩ける風の通り方まで考える。

「駅から徒歩五分」という不動産広告にも、少し違う意味が出てくる。

その五分間に、手すりがあるのか。屋根が続いているのか。風の強い場所を通らないのか。

同じ五分でも、歩きやすさはかなり違う。

風に飛ばされることが遊びになる

そんな生活の中でも、風を避けるだけではなく、利用する遊びが生まれる。

安全な場所に体を固定して、風を受ける。少しだけ固定をゆるめると、体が浮き上がる。

海沿いの施設では、風を利用して空中を移動する遊び場が作られる。丘の上では、風向きを読みながら決められた範囲を移動する競技も行われる。

子どもたちは、天気予報を見るだけでなく、風向きや風の強さを読む。

「今日は外で遊べるか」だけではない。

「今日はどの方向へ流されるか」を考えて出かける。

引っ越し先を決めるときにも、駅からの距離だけでは決まらない。風の強い地域か、周囲に風をさえぎる建物があるか、屋根付きの道がどれくらい続いているか。

そうした条件も、住む場所を選ぶ材料になる。

朝の天気予報で「今日は晴れです」と聞く。

続いて、風の予報を見る。

風が弱ければ、固定用のベルトを持って外へ出る。道路の手すりをつかみ、屋根のある道を歩く。

少し強い風が吹く。

通りにいる人たちが、一斉に手すりへ手を伸ばす。

誰かのコートのすそが大きく揺れる。自転車に乗っていた人は降りて、近くの固定具につなぐ。

風が弱くなる。

手すりから手を離して、また歩き始める。

人間の体がそよ風に飛ばされるほど軽いだけで、服の重さ、家の家具、学校の設備、通学路、乗り物、スポーツまで、身の回りのものが少しずつ変わっている。

そしてこの世界では、風がない日が「歩きやすい日」になる。


※ この文章は空想です。現実の世界では、無理なことを試さないでください。
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