← 記事一覧

もしも、人間の力が鋼鉄を簡単に曲げるくらい強かったら


もしも、人間の力が鋼鉄を簡単に曲げるくらい強かったら。

鉄の棒を両手で持って、少し力を入れる。すると、ぐにゃっと曲がる。しかも、それが特別な人だけではない。大人も子どもも、今の人間とは比べものにならないほど強い力を持っている。

そうなると、まず困るのが身の回りの物だ。

ドアノブを普通に握れない

家のドアノブをいつものように握ったら、金属がへこんでしまう。ドアを閉めるときも、勢いよく押せば蝶番が曲がる。水道の蛇口をひねれば壊れ、机の脚を動かそうとして持ち上げたら、その部分だけ外れてしまう。

人間の力が強くなった世界では、道具のほうを人間に合わせる必要がある。ドアノブは簡単には変形しない形になり、机や椅子も強い力を受けても壊れにくい構造になる。スプーンを握っただけで曲げてしまわないように、食器も丈夫になる。傘を閉じるだけで骨が曲がるなら、傘の作りも変わる。

今なら「丈夫な道具」と呼ばれるものが、普通の道具になる。

重い荷物を一人で運べる

家具を運ぶのも簡単になる。冷蔵庫を一人で持ち上げて移動させる。洗濯機を抱えて階段を上る。大きな机を持ったまま部屋を移る。

引っ越しの仕事では、重い家具を何人もで運ぶ必要がなくなる。家具そのものにも変化が出る。今の家具は、運びやすくするために脚を外したり、板を分けたりすることがある。でも人間が十分に強ければ、最初から大きな一枚板で作っても運べる。

組み立て式の棚ではなく、完成した状態の大きな棚を家の中へ運び込む。部屋の模様替えも、一人で家具を持ち上げて動かせる。「このソファ、ちょっと重いから二人で持とう」という会話は、かなり少なくなる。

建設現場では人の手が増える

建設現場も大きく変わる。鉄骨を人が持ち上げて運べるようになれば、重い部材を動かすための機械を使う場面は減る。鉄の柱を現場まで運び、そこで人が持って位置を合わせる。少し曲がっていたら、その場で手を使って直す。

ただし、高い場所まで鉄骨を運ぶ作業まで全部人力になるわけではない。建物が何階も高くなれば、持ち上げる距離そのものが大きいからだ。そのため、クレーンなどの機械は残る。

それでも、地上での細かな調整や、部材を少し動かす作業では、人の力が大きな役割を持つ。工事現場では、鉄骨を数センチ動かすために大型の機械を使う代わりに、作業員が手で押して位置を合わせる。建物を作る途中の風景そのものが変わっていく。

工場では「力加減」が技術になる

金属を加工する工場でも変化が出る。今なら金属を曲げるための機械を使うところを、人が直接曲げられる。

同じ形を大量に作るなら機械のほうが正確なので、工場から機械がなくなるわけではない。でも、一個だけ形を変えたいときには人のほうが早い。「この部分をあと少しだけ曲げる」という作業を、その場で調整できる。

職人に必要なのも、強い力だけではない。力を入れすぎれば曲がりすぎるし、弱すぎれば動かない。鉄をどのくらいの力で、どの方向へ動かすか。人間の力が強い世界では、力を細かく調整することそのものが技術になる。

学校では「強くしない練習」が増える

学校でも、この力は問題になる。

図工の時間に木材を持つ。普通に握っただけで折れる。机を動かそうとして、勢いよく持ち上げたら机の脚が曲がる。体育でボールを投げれば、強く投げすぎたボールが校庭のフェンスに当たって壊れる。

そのため学校では、体力をつけるだけでなく、力を細かく調整する練習が行われる。低学年では、卵や紙コップのような壊れやすい物を使って、力を入れずに扱う練習をする。高学年になると、金属や工具を使った授業も増える。

「どれだけ強くなれるか」ではなく、「必要な力だけを出せるか」が大事になる。

スポーツは道具から変わる

スポーツも今とは違ったものになる。

野球で強くボールを投げれば、飛距離が大きく伸びる。バットで打てば、ボールに伝わる力も大きくなる。そのままでは今の球場では競技が成り立ちにくいので、競技用の道具やルールも変わっていく。

野球では、強く投げすぎないための投げ方が考えられる。バットも、人間が思い切り振っても簡単には折れないものになる。

腕相撲なら、今の机では使いものにならない。腕をついた瞬間に机の脚が曲がってしまう。腕を置く台も、それを固定する床も、人間の力を受け止められるように作る必要がある。

スポーツ施設は、選手の力に耐えられるよう、今よりずっと頑丈な作りになる。

車は「押して動かすもの」になる

道路では、車を人が動かす場面が増える。

駐車に失敗して少しだけ位置を変えたい。今なら運転し直すところを、車から降りて手で押す。数人いれば、向きを変えることもできる。

故障して動かなくなった車を、道路の端まで人が押して移動させるのも珍しくなくなる。

駐車場にも変化が出る。車を入れたあと、人が押して位置を整えられるなら、今より狭い場所にも駐車できる。「運転して入れる」だけでなく、「最後は人が動かして整える」という駐車方法が普通になる。

防犯は「壊されない」だけでは足りない

人間が強いと、防犯も難しくなる。金属製のドアでも、力ずくで曲げられる可能性がある。窓枠や柵も同じだ。

そこで家の防犯は、単純に金属を厚くするだけではなくなる。人の力では動かしにくい構造にしたり、扉そのものを大きく重くしたり、開ける人を確認する仕組みを組み合わせたりする。

学校や店でも、同じような対策が必要になる。鍵だけを頑丈にするのではなく、建物全体を簡単には壊せないようにする必要がある。

修理の方法も変わる

壊れた物を自分で直す人も増える。

自転車の金属部分が曲がったら、手で元に戻す。庭の柵が曲がったら、持ち上げて直す。金属製の箱がへこんだら、反対側から押して形を戻す。

今なら修理店へ持っていくようなことでも、自宅で済ませる人が増える。

ホームセンターで売られる工具にも変化が出る。大きな力を出すための工具より、狭い場所を作業しやすくしたり、部品を傷つけずに固定したりするための道具が増える。

人間の力が強いぶん、力をうまく使える道具が必要になる。

「力を抜く」が生活の基本になる

人間が強くなっても、すべての物を丈夫にできるわけではない。紙は強く握れば破れる。卵はつぶれる。ガラスのコップは割れる。赤ちゃんを抱くときに強い力を出せば危険だ。

だから、料理人は包丁を握る力を調整する。美容師は髪を引っ張りすぎないようにする。医療の現場でも、患者の体を必要以上に強く押さえない技術が必要になる。

日常生活では、「力を出す」より「必要な分だけ力を使う」ことを覚える機会が増える。

朝、家を出る。玄関のドアを静かに開ける。自転車を持ち上げて駐輪場所を少し移動させる。学校では机を一人で運ぶ。

帰り道、曲がった金属の柵を見つける。誰かがぶつかったのか、少しだけ形が変わっている。

近くにいた人が柵を両手でつかむ。力を入れすぎないように少しずつ押す。曲がっていた部分が、元の位置へ戻っていく。

その横を、別の人が普通に歩いていく。

街にある物の多くは、人間の力に合わせて丈夫に作られている。そして人間のほうも、物を壊さないように力を調整しながら暮らしている。

この世界では、力が強いこと自体は珍しくない。ドアを壊さずに開けることや、コップを割らずに持つことのほうが、毎日の生活では大切になっている。


※ この文章は空想です。現実の世界では、無理なことを試さないでください。
← 記事一覧