← 記事一覧

もしも、靴が電動パワーアシストになったら


もしも、靴が電動パワーアシストになったら。

朝、家を出る。玄関で靴を履いて歩き始めると、靴底に入った小さなモーターが動いて、足を前へ出す力を補助してくれる。

平らな道では、それほど違いを感じない。ところが坂道に入ると、靴の力がはっきりわかる。いつもなら少し息が切れる坂なのに、足を動かすたびに靴が力を足してくれる。

電動自転車がペダルをこぐ力を助けるように、靴が歩く力を助ける。

そんな靴が普通になったら、まず変わるのは毎日の歩き方だ。

坂道が坂道ではなくなる

通学や通勤で坂道を歩く人にとって、電動パワーアシストの靴はかなり便利になる。

駅まで長い坂がある町でも、坂を上ることがそれほど大変ではなくなる。靴は平らな道では弱く、坂道に入ると強くアシストする。急な坂ならさらに力を足す。

学校でも、坂の多い場所にある高校では朝の通学が少し楽になる。「駅から学校まで坂だから疲れる」という理由で敬遠されていた道を、普通に歩く生徒が増えるかもしれない。

坂道の多い観光地も変わる。今までは「この坂を歩いて上ること」そのものが観光の一部だった場所でも、電動アシスト靴なら楽に上れる。昔の人が苦労して歩いた道を、ほとんど疲れずに上ってしまう。

坂を歩くことが大変だからこそ成立していた店や休憩所にも影響が出るだろう。坂の途中にあるベンチで休む人が減れば、そこで飲み物を買う人も減る。

歩く速度にも差が出る

靴の性能が上がると、今度は人によって歩く速さが変わってくる。

弱いアシストなら普通の歩行とほとんど変わらない。強いアシストなら、同じ歩幅で歩いていても前へ進む力が大きくなる。

家族で買い物に出かけたとき、父親は普通の靴、母親は弱いアシスト、子どもは強いアシストを選んでいる。子どもだけどんどん前へ進んでしまい、「ちょっと待って」と呼び戻される。

そのため、靴にはアシストの強さを切り替える機能が付くようになる。

「弱」「中」「強」といった設定を選べるだけでなく、歩く速さが一定以上になったら自動的に力を弱める機能も必要になる。

学校の廊下でも同じだ。走ってはいけない場所で、アシストの力を使って速く歩く人が出てくる。廊下ではアシストを弱くする校則や、学校内では一定以上の速度が出ない設定が作られるかもしれない。

歩いているだけなのに、靴の性能によって速さを調整しなければならなくなる。

階段では別の仕組みが必要になる

坂道なら、足を前へ出す力を補助すればいい。

でも階段は少し難しい。

階段を上るときには、足を持ち上げて次の段へ置かなければならない。靴が前へ進む力を強くしすぎれば、体の動きと合わなくなる。

そのため、階段では平らな道や坂道とは違うアシスト方法が必要になる。

一段上がるたびに、足を持ち上げる動きを補助する。下り階段では逆に力を弱め、体が前へ倒れすぎないようにする。

駅では、エスカレーターを待つより階段を使ったほうが早い場所も出てくるだろう。

駅員からすると、階段を利用する人が増える一方で、階段を駆け上がる人も増えるかもしれない。電動アシスト靴は、歩くことを楽にするだけでなく、歩き方そのものに新しいルールを作ることになる。

玄関に充電器が並ぶ

電動なら、当然ながら電池が必要になる。

朝、家を出る前にスマートフォンの充電を確認するように、靴の電池も確認するようになる。

残り80パーセントなら問題ない。30パーセントなら帰宅まで持つか考える。5パーセントなら、途中で充電できる場所を探す。

玄関には靴を置くだけで充電できる台が置かれる。帰宅したら靴を脱いで、そのまま充電する。

スマートフォン、タブレット、イヤホン、電動自転車。そして靴。

家の玄関が、少しずつ充電場所になっていく。

学校や会社にも、靴用の充電設備ができるかもしれない。駅のロッカーに靴を入れて充電するサービスがあれば、外出先でも電池を補充できる。

電池が切れたら、ただの靴

電池がなくなったときに普通の靴として歩けるなら、完全に動けなくなるわけではない。

ただ、アシストに慣れた人ほど、電池切れの日は大変だ。

いつもなら楽に上れる坂を、自分の足だけで上る。そこで初めて、その靴がどれだけ歩く力を補っていたのかに気づく。

だから、電池を使い切らないための仕組みも重要になる。

残りが少なくなったらアシストを自動的に弱くする。帰宅までに必要な電池を計算して、坂道では使いすぎないようにする。

「行きで全部使わず、帰りの坂に残しておく」

そんな使い方も普通になる。

電動アシスト靴を履く人にとって、歩く距離だけでなく、どこで電池を使うかまで考えることになる。

靴の種類も増えていく

電動パワーアシストの靴が広まれば、用途による違いも大きくなる。

通学用なら、長い距離を歩いても疲れにくいタイプ。仕事用なら、駅から会社までの移動に向いたタイプ。買い物用なら、荷物を持った状態でも歩きやすいタイプ。山道用なら、坂道や不安定な道で力を出しやすいタイプ。

靴を買うときも、「何センチですか?」だけでは足りなくなる。

「普段はどんな道を歩きますか?」

「坂は多いですか?」

「一日に何十キロくらい歩きますか?」

そんなことを聞かれるようになる。

さらに、靴が歩く場所に合わせてアシストを変える機能も増えていく。

坂道では力を強くする。雨の日は路面がすべりやすいので力を弱くする。階段では一歩ごとの動きを見ながら補助する。

普通の靴だったものが、歩く場所に合わせて動き方を変える道具になっていく。

配達の仕事では欠かせない道具になる

歩くことが仕事の一部になっている人には、特に大きな変化が出る。

たとえば配達員は、荷物を持ったまま長い距離を歩く。建物の中で階段を何度も上り下りすることもある。

電動アシスト靴なら、荷物を持っているときに合わせて補助の力を変えられる。

重い荷物なら少し強く、軽い荷物なら弱くする。坂道では力を足し、下りでは弱める。

仕事用の靴は、ただ丈夫なだけではなく、モーターや電池の性能まで重要になる。

会社が従業員に専用の靴を貸し出すようになることも考えられる。制服や名札と同じように、仕事用の靴が支給される。

スポーツでは禁止されることもある

便利な靴でも、スポーツでは話が変わる。

マラソンで靴が足を押してくれれば、自分の脚だけで走った場合とは条件が違ってくる。競技によっては電動アシスト機能の使用が禁止されるだろう。

大会の受付で、

「この靴は電動アシスト機能を使っていませんか?」

と確認される。

一方で、電動アシストを使うことを前提にした新しい競技も考えられる。

どれだけ少ない電力で長く歩けるか。どれだけ急な坂を速く上れるか。決められた量の電池だけでどこまで進めるか。

今までのマラソンとは違って、足の力だけでなく、モーターと電池の使い方まで競う競技になる。

街の中を歩く距離が伸びる

坂道を楽に歩けるようになると、住宅や店の場所にも少しずつ影響が出る。

駅から15分歩く坂の上にある住宅は、今までなら「駅から遠くて大変」と思われていたかもしれない。

でも、坂を楽に上れる靴があれば、歩く15分の負担は小さくなる。

駅前の店だけでなく、駅から少し離れた住宅街の店まで歩いて行く人も増える。

観光でも、バスやタクシーを使わず、坂の多い町を靴のアシストで歩く人が増えるかもしれない。

「駅から近いか」だけでなく、「歩きやすい道か」ということの意味も変わっていく。

靴が持ち主に合わせて変わる

長く使ううちに、靴が持ち主の歩き方に合わせてアシストを調整するようになるかもしれない。

普段の歩幅や速度、坂道での歩き方などを記録して、その人が歩きやすい力に調整する。

朝は急いでいるから少し強め。帰宅するときはゆっくりなので弱め。坂道では右足と左足の動きに合わせて力を変える。

そうなると、靴を人に譲るときにも問題が出る。

「まだ使えるから、この靴あげる」

と言っても、その靴には前の持ち主の歩き方のデータが残っている。

新しい持ち主が履けば、最初は自分の歩き方に合わない。

靴を買うことが、足のサイズに合うものを選ぶだけではなく、自分の歩き方に合う機械を選ぶことになる。

そのデータを新しい靴へ移せるようになれば、買い替えたときにも以前の設定を引き継げる。逆に、歩き方のデータをどこまで残すのか、誰が使えるのかという問題も出てくる。

玄関に並んでいる靴は、見た目だけなら普通の靴だ。

でも中には、モーターと電池が入っている。

毎朝その靴を履けば、坂道では少し楽になり、階段では足を持ち上げる力を補ってくれる。帰宅すれば充電台に置き、翌朝また履く。

歩くという昔から変わらない行動に、電池の残量やアシストの強さという新しいものが加わる。

駅へ向かう道で坂に入る。

靴のアシストが少し強くなる。

今までなら立ち止まっていた場所を、そのまま通り過ぎる。

その先には、今までより少し遠い店がある。

電動パワーアシストの靴が普通になった町では、「歩いて行ける場所」の範囲が、今より少し広くなっているかもしれない。


※ この文章は空想です。現実の世界では、無理なことを試さないでください。
← 記事一覧