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もしも、影にも意思があったら


もしも、影にも意思があったら。

朝、カーテンを開ける。窓から光が入ってきて、床に自分の影ができる。立ち上がれば影も立ち上がり、歩けば影も歩く。そこまでは、いつもの影と変わらない。

ところが、部屋を出ようとして振り返ると、影だけが少し遅れてついてくる。人間が右へ動けば右へ動く。でも、完全に同じ動きをしているわけではない。

影には、自分で決める意思がある。

ただし、物を持ったり、壁を押したりすることはできない。できるのは、光のある場所で自分の形や位置を少し変えることだけ。そんな影が世界中にあったら、まず家の中から変わっていく。

影が勝手に動く

朝、学校へ行こうとして玄関に立つ。いつもなら、足元に影がある。

「行くよ」

そう言っても、影が玄関の反対側へ伸びていく。

人間が歩き出すと、影もついてくる。でも、少しだけ抵抗しているように見える。

影は声を出せない。だから、意思を伝えるときは形を変える。手を振るような形を作ったり、首を横に振るような動きをしたりする。

家族がその意味を覚えれば、影を使った簡単な会話ができるようになる。

「今日、外に出たい?」

影がうなずく。

「公園?」

影が横に動く。

「じゃあ、買い物?」

今度は大きく動く。

最初は偶然だと思っていた人も、毎日のように同じ反応が続けば、影が何かを伝えていると考えるようになる。影に意思があるとわかれば、人間は自分の影をただの暗い形として見なくなる。

学校では影が問題になる

学校では、もっと面倒なことが起こる。

先生が黒板の前に立っている。窓から日が差しているので、床には先生の影がある。先生が右手を上げる。影も右手を上げる。

先生が手を下ろす。ところが、影だけが手を上げたままだ。

「どうしたの?」

先生が聞いても、影は声を出せない。代わりに、腕の形を少し動かす。それを見た生徒が、

「何か言いたいんじゃない?」

と言う。

影にも意思があるなら、学校には影についてのルールが必要になる。

テスト中、生徒の影が机の下を指している。

「答えを教えてくれてるの?」

影がうなずいた。

これはカンニングなのか。本人が影に頼んでいなかったらどうするのか。

体育の授業でも問題が起こる。校庭の端に立っている生徒の影だけが、鉄棒の近くまで長く伸びていく。本人は動いていないのに、影だけが別の方向へ行こうとしている。先生が「戻りなさい」と言っても、影は動かない。

影に意思があるなら、これまで人間だけを対象にしていた学校の決まりに、影まで入ってくる。

影同士も意思を伝える

人間に意思があるなら、影同士にも意思があるのかもしれない。

公園に二人の人間が立っている。足元では二つの影が重なっている。人間から見ると、ただ影が重なっただけだ。

でも、一方の影が腕を動かす。もう一方の影も形を変える。

声は聞こえない。それでも、影同士では何かが伝わっている。

夕方になって影が長く伸びると、道路の上でいくつもの影がつながる。人の影と木の影、電柱の影、家の影。影同士が触れ合う場所が増えていく。

もし影が形を使って情報を伝えられるなら、人間にはわからない影の情報網ができる。

「昨日、この家の前に知らない人がいた」

「向こうの公園に大きな木が増えた」

「この道は夕方になると影が重なって動きにくい」

人間が気づいていない変化を、影のほうが先に知っていることもあるかもしれない。

夜になると影はどうなるのか

ただし、影には大きな問題がある。

光がなければ、影は見えない。夜になって街灯が消えれば、影も消える。

では、その間、影の意思はどうなっているのか。眠っているのか。どこかにいるのか。それとも、光がない間だけ存在しなくなるのか。

誰にもわからない。

街灯の下に人が立っている。その足元には影がある。少し離れた暗い場所には影がない。

そこに影が「いない」のか、見えないだけなのかも判断できない。

影の研究が始まれば、まず調べられるのは夜のことになるだろう。光が弱くなったとき、影の意思はどうなるのか。完全に暗くなったときはどうなのか。朝になって光が戻ったとき、影は何を覚えているのか。

影について調べるための研究所までできるかもしれない。

影を使った仕事が生まれる

影が意思を伝えられるなら、仕事にも使われる。

たとえば警備。建物の入り口に立っている人の影が、近づいてきた人を知らせる。

「さっき、知らない人が来た」

人間の目や監視カメラとは別の情報を、影から受け取れる。

店でも、

「この人、さっきから同じ商品を見ている」

と影が知らせてくれるかもしれない。

映画や舞台では、影自身が演技することもできる。

人間は動いていないのに、壁に映った影だけが歩き出す。影が自分の意思で動けるなら、これまで照明を使って作っていた演出とは違う表現ができる。

影を動かす人ではなく、影自身が演じる。そんな仕事が生まれるかもしれない。

家を引っ越すと影はどうなる?

影に意思があるとわかれば、家を引っ越すときにも問題が起こる。

人間は新しい家へ引っ越す。では、影はどうなるのか。

人間についていくのか。それとも、今まで住んでいた家に残るのか。

もし古い家の影が、

「ここに残りたい」

と形で伝えてきたらどうするのか。

家を売るとき、

「この家には前の住人の影が残っています」

という説明が必要になるかもしれない。

古い建物の壁に、人の形をした影が残っている。誰も住んでいないのに、夕方になるとその影だけが現れる。しかも、その影には意思がある。

新しい住人が壁を壊そうとすると、影が大きく首を振る。

家を取り壊すことは、人間にとっては建物をなくすだけでも、影にとっては自分が暮らしてきた場所をなくすことになる。

影が人間と同じように家に住んでいると考えるなら、不動産の考え方まで変わってしまう。

影に何かを決める権利はあるのか

ここまで来ると、もっと難しい問題も出てくる。

影に意思があるなら、影の意思を無視してもいいのか。

写真を撮るときに、

「影も写していい?」

と聞く必要があるのか。

店の照明を変えるとき、影が嫌がっても人間の都合で変えていいのか。

強い光を当てれば、影の形は変わる。人間にとってはただ照明を変えただけでも、影にとっては自分の姿を勝手に変えられたことになるかもしれない。

影には体がない。でも、意思はある。

その二つが同時に存在する世界では、「意思があるものをどう扱うのか」という問題が、今までとは違う形で出てくる。

影を勝手に消してはいけない。他人の影を使ってはいけない。人の影を無断で撮影してはいけない。

そんな決まりができる可能性もある。

影が何を考えているのかはわからない

影に意思があることがわかっても、影のことを全部理解できるわけではない。

声がないから、何を考えているのかは形から判断するしかない。同じように腕を上げる動きでも、「こんにちは」なのか、「助けて」なのか、「ただ腕を上げたい」だけなのか、人間にはわからない。

夕方、道を歩いている。自分の影が長く伸びている。

いつもなら、自分が右へ動けば影も右へ動く。でも、その日は影だけが横を向いている。

「何かあるの?」

聞いても、影は答えない。ただ、道路の向こうへ伸びている。

人間には何も見えない。影には何かが見えているのかもしれない。あるいは、ただそちらへ行きたいだけなのかもしれない。

翌朝になれば、また影は足元に戻ってくる。人間が歩けば影も歩く。人間が立ち止まれば影も立ち止まる。

その動きが人間に合わせたものなのか、それとも影自身が選んでいるものなのか。

影にも意思がある。それだけはわかっている。

では、毎日ついてくるその影が、いったい何を考えているのか。

それを人間が知る方法は、まだない。


※ この文章は空想です。現実の世界では、無理なことを試さないでください。
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