← 記事一覧

もしも、猫が人間の言葉を話したら


もしも、猫が人間の言葉を話したら。

朝、台所へ行く。

いつものように猫が足元にやってきて、こう言う。

「ごはん、まだ?」

最初は空耳だと思うかもしれない。

でも、もう一度聞いても同じことを言う。昨日の夜に何を食べたのか、今朝は何時に起きたのかまで話し始める。

猫が、本当に人間の言葉を話している。

そんな猫が世界中に現れたら、まず変わるのは、猫との暮らしだ。

猫に直接聞ける

今までは、猫が何を考えているのか、しぐさや鳴き声から想像するしかなかった。

抱っこされるのが嫌なのか。

掃除機が怖いのか。

なぜ急に走り出したのか。

話せるなら、本人に聞ける。

「このおもちゃ好き?」

「好き。こっちのほうが動きがいい」

「抱っこは?」

「短いならいい」

「この掃除機は?」

「うるさい」

かなり具体的な話ができる。

猫が嫌がっていることを知らずに続けてしまうことも減るだろう。

ただし、猫が何でも人間の都合に合わせてくれるわけではない。

「今日は病院に行こう」

「いや」

「足を見てもらわないと」

「それでも行きたくない」

キャリーケースを見ただけで逃げる猫がいるなら、その理由まで本人から聞ける。

猫との暮らしは、「鳴き声から気持ちを読み取る生活」から「話を聞いて決める生活」に変わっていく。

動物病院では、診察の仕方が変わる

動物病院では、もっと大きな変化が起こる。

「どこが痛い?」

「右の後ろ足」

「いつから?」

「昨日の夕方から」

「何かした?」

「棚から降りたときに変だった」

これまで獣医師が飼い主から聞いていた情報を、猫自身から聞けるようになる。

食欲がないときも、

「昨日から気持ち悪い」

「水は飲んだ?」

「少しだけ」

と説明できる。

診察する側にとっては、これまでより多くの手がかりが集まる。

ただ、猫の話がいつも正確とは限らない。

時間を間違えることもあるだろうし、「たぶん」としか答えられないこともある。猫が見たものと、人間が考えていることが違う場合もある。

薬についても、

「この薬を飲んでね」

「苦いから嫌」

というやり取りができる。

治療の内容を説明して納得してもらえる猫がいる一方で、説明を聞いたうえで嫌がる猫もいる。

動物病院では、診察だけでなく、猫にどう説明するかも重要になる。

猫を飼う前に、猫と話す

ペットショップや動物保護施設にも変化が出る。

今までは人間が猫を見て、「この子を飼いたい」と決めていた。

でも、猫が話せるなら、猫の希望も聞ける。

「子どもがいる家だけど大丈夫?」

「静かなほうがいい」

「留守番は?」

「長いのは嫌」

「ほかの猫がいるけど?」

「仲良くできるならいい」

そんな会話をしてから、新しい家を決めることになる。

保護された猫なら、以前どんな家で暮らしていたのかも聞けるかもしれない。

「外で暮らしていた?」

「ずっと外」

「人間は怖かった?」

「追いかけてくる人は怖かった。でも、ごはんをくれる人もいた」

猫自身の話を聞けることで、世話をする側が知れる情報はかなり増える。

飼い始めてからも、

「この家のどこが好き?」

「窓の近く」

「嫌なことは?」

「夜に大きな音がすること」

と聞ける。

猫に合わせて家具の置き場所を変えたり、静かな場所を作ったりする家庭も増えるだろう。

猫同士の情報も聞こえてくる

家の中だけではない。

猫同士が会話できるなら、町の中でも猫の情報交換が始まる。

「あの家は朝にごはんをくれる」

「あそこの犬は近づくと怒る」

「この道は車が多い」

「公園のベンチの下は雨が降っても濡れにくい」

人間が知らない場所の情報を、猫たちは共有しているかもしれない。

飼い猫が外へ出て、近所の猫と話す。

帰ってきたら、

「今日は何してたの?」

と聞かれて、

「向こうの家に白い猫がいた」

などと答える。

猫の行動範囲や、猫同士の関係も、少しずつ人間に見えてくる。

今までなら、庭に猫が集まっていても、何をしているのかわからなかった。

この世界では、窓を開けたら猫たちの会話が聞こえてくるかもしれない。

猫のための商品が変わる

猫が商品の感想を直接言えるなら、猫用品の作り方も変わる。

新しいキャットフードを食べてもらって、

「どう?」

「前のほうが好き」

「どこが?」

「におい」

と聞ける。

新しいベッドなら、

「寝やすい?」

「少し暑い」

おもちゃなら、

「こっちは?」

「動きが遅い」

実際に使う猫から意見を集めて、商品を改良する会社が出てくる。

「猫が選んだベッド」や「猫の意見をもとに作ったおもちゃ」なども普通の商品になる。

人間向けの商品なら、人間が使って感想を言う。

猫用品でも、猫自身が感想を言えるなら、作る側にとってかなり貴重な情報になる。

猫が有名になる

話せる猫の中には、テレビや動画で人気になるものも出てくる。

飼い主と普通に会話する猫。

人間の質問に答える猫。

毎朝、近所の様子を話す猫。

動画を撮る人も増える。

「今日は何してたの?」

「窓から鳥を見てた」

「何羽いた?」

「三羽」

そんな何気ない会話でも、今まで猫の鳴き声しか聞いたことがなかった人にとっては珍しい。

人気の猫には出演依頼が来るようになるかもしれない。

ただ、猫本人がテレビに出たいとは限らない。

「今日、テレビ出る?」

「寝てたい」

それなら出演はなくなる。

猫が話せるようになったことで、猫を使った仕事が増えるだけでなく、「本人がやりたくないことを無理にさせない」という考え方も広がっていく。

猫の話を聞く人が必要になる

猫が人間の言葉を話すようになれば、猫の話を聞く仕事も生まれる。

たくさんの猫を飼っている家庭から、毎日の様子を聞く人。

動物保護施設で、猫の希望を聞いて新しい飼い主を探す人。

動物病院で、猫の話を整理して獣医師に伝える人。

猫と暮らす家庭から相談を受ける人。

これまで猫のしぐさや行動を観察していた仕事の一部が、会話を前提とした仕事に変わっていく。

学校でも、動物について学ぶ授業の内容が少し変わるかもしれない。

「猫を大切にしましょう」と教えるだけではなく、

「猫が嫌だと言ったら、どうする?」

「人間と猫の意見が違ったら、どうする?」

という話も出てくる。

猫は人間になったわけではない

ここまで変わっても、猫の体や生活が人間と同じになるわけではない。

猫は猫の体で生活する。

人間と同じ仕事をする必要もないし、人間と同じ時間の使い方をする必要もない。

だから、「話せるから人間と同じように扱う」という単純な話にはならない。

むしろ難しくなるのは、人間と猫の違いがはっきり見えることかもしれない。

「今日は外に出たい」

「危ないからだめ」

「どうして?」

「車が来るから」

「じゃあ、車が来ない時間なら?」

今までなら、人間が猫を抱き上げて終わっていた話を、言葉で説明しなければならなくなる。

猫が納得するとは限らない。

人間の説明に反論する猫もいる。

そして、人間のほうが間違っていることもある。

猫が話せるようになった世界では、猫の声を無視することが難しくなる。

朝になれば、

「ごはん、まだ?」

と聞かれる。

新しいベッドを買えば、

「これ、ちょっと暑い」

と言われる。

窓の外を見ている猫に、

「何を見てるの?」

と聞けば、

「向こうの家の猫」

と答えるかもしれない。

それでも、猫が何を考えているのか全部わかるわけではない。

聞けば答えることもあるし、答えたくないこともある。

猫が人間の言葉を話せるようになっても、猫の世界が全部人間に開かれるわけではない。

むしろ今まで聞こえなかった声が聞こえるようになって、知らないことが増えていく。

窓の外で猫同士が話している。

何を話しているのか聞こうと思えば聞ける。

でも、猫がこちらを見て、

「これは猫同士の話」

と言ったら、そこで会話は終わる。

そんな世界になるのかもしれない。


※ この文章は空想です。現実の世界では、無理なことを試さないでください。
← 記事一覧